賃貸をされている方からの典型的な質問は、(1)トラブル解決の道筋、(2)賃料不払いの場合の解決方法、(3)賃貸借期間満了時、明け渡しをしてもらう場合の「正当事由」が典型的なものです。
順を追って説明していきましょう。
ではトラブルに対して、解決までどのような流れになるのでしょうか?
賃料不払いの場合で説明します。
通常、代理人となり、以下どれかの内容で内容証明郵便発送(交渉の開始)
賃借人以外の人が建物に入っているなど占有者が不明の場合
(具体例に即した執行費用の見積もりはコラムに載せます)
経験のないあなたに最後の形を思い描くことができますか?
楽しんでいただくため、珍しい事例を紹介します。
整理回収機構は預金保険機構の子会社で、国の委託を受けた株式会社です。整理回収機構の最盛期には私の部下である不動産部所属弁護士が、毎月、何度も執行するという笑えない状況が続きました。裁判所執行部にかかっている何割かの事件は整理回収機構の事件であるとして、執行法の改正時期に法務省から意見を求められ、法務省に出向いて改正に関する要望をしたこともあります。整理回収機構では、金融機関が破綻するたびに大量の不動産事件を引き受けます。その中での珍しい体験です。
今回の紹介事例は、このような場合ではありません。裁判所の命令ではありますが、判決を得ないで、突然最終的な執行をしてしまうという乱暴極まりない「断行の仮処分」という事件の紹介です。
裁判をする前に、建物を一方的に壊して撤去してしまうのですから、法律上は損害賠償等で回復できるものの、事実上の回復は困難です。
まだ夜も明けきらない早朝、30台前後の車が1万坪の敷地に侵入し続けました。現場を管理する度胸の座った管理人(その筋の方)には「こんな無茶なことは法律が許さないだろう」と逆に法律の講義をされる始末でした。
日本一の倒産屋といわれる方が、北陸県庁所在地の中心から30分程という至便の地に、丘の上には「○○城」という鉄筋コンクリート作りの見事なお城を影響下におき、城山を下ったその下には1万坪を占めるゴルフ練習場とその管理建物群その他がありました。地元の弁護士はこんな至便の地に手つかずの物件があることに驚いていたことから想像をして下さい。「○○城」はその後撤去しましたが、城壁が厚く本当に難儀な撤去工事でありました。
今回お話する断行の仮処分は1万坪に建つゴルフ練習場とその管理建物等の撤去であります。ゴルフ練習場を撤去するといいましても20メートル以上の鉄柱が何十本も埋められており、近隣に配慮して30メート以上の空中から引き抜くという大がかりなもので、仮処分でありながら1週間以上かけるという予想を超えた撤去工事となりました。驚いたことは、執行補助者の委託先(後に分かったことで私はその筋の方とは知らなかった。東京からいらしたそうです。)の威勢のいい方が、こんな機会は滅多にないと、鉄柱を引き抜くゴンドラに若い衆を次々と乗せて度胸作りをさせていたことです。
そもそも整理回収機構の幹部弁護士ですら断行の仮処分ができるとはあまり考えていなかったように思います。しかし当該物件の占拠者には何の権限もないのに、巧みな妨害行為のため長い間放置されてきた経緯から、私は絶対にできると確信しておりました。幹部弁護士の質問はするどく急所を突いてきます。何時まで経ってもゴーサインが出ません。私は不動産部所属弁護士の方々に幹部弁護士に対して不安なことは言わないという約束をさせたほどでした。
地裁の執行官も毎日5名が現場に来て下さったことは感謝以外の何ものでもありません。だって同所の地裁の執行官は確か6名しかいないのですから。他の執行事件がどうなったか心配になったほどです。この間起きた問題を話すのは大変なことですが、当初の予定より早く撤去工事は終わりました。1週間の工事で占有補助者に支払った費用だけでも1000万円をはるかに超えていました。
今、彼は韓国にいます。
契約書を作るのが全ての出発点です。
契約書を作るのは実は大変に難しいのです。
整理回収機構の不動産部は専門家の大集団です。大企業の不動産会社や信託銀行の将来を嘱望された若手も大量に出向しておりました。このような人たちの間であっても作られた契約書には多くの問題点があり驚いたものです。初心者の方でも、専門家でも契約書の意味は同じですが、問題意識はその人のレベルで全く異なっているのです。
何れにしましても契約書の作成によって貸主も借主も契約の内容に従おうとします。仮に、約束と違うことが発生した場合には、契約書の内容に従ってその約束が実現される必要があります。つまり契約書を作成するということは、最終局面で約束した内容が実現されるようにするということなのです。
契約書の作成とは皆様の夢を語ることです。
事業活動として賃貸借をされるのであれば、事業活動として将来に思いをはせるのです。そして結局は、夢を妨害するリスクに思いを及ぼせばいいのです。 契約していて、こんなことが起きたら困るなあと想像をしてみるのです。
実は私は弁護士になる前、不動産会社に勤務したことがあります。法学部を出ていましたので簡単な契約書や和解書を作ったこともありましたが、自分で工夫した文書がどのような意味を持つのか、つまり最終局面で、こんな文章で使い物になるのかどうか大変不安を持ったものです。しかし文章の意味がそのまま役に立つことを知って驚きました。
矛盾なく、文章の意味が通じていれば、皆様の意図が裁判所でも通用するのです。
契約書の内容は当事者、契約目的、目的物、賃料、契約期間、賃借人の禁止条項、契約解除条項、原状回復条項等定める事項は種々あります。
大阪では暴力団に関する条項がおかれることが多く、地方によって差があることは面白いことです。先日検討したものでは、一棟マンションの各部屋の賃貸の場合で、確実に収益を上げるために管理会社に一括借上げしてもらうことにし、契約形式としては賃貸借契約の締結ですませるという特殊なものもありました。
私は、平成20年11月末まで各種士業(災害の発生に備えて弁護士、税理士、社会保険労務士、土地家屋調査士、司法書士等17業種の団体より選任)により組織された災害復興まちづくり支援機構の代表をしておりましたが、マンション関係4法(建物の区分所有等に関する法律、マンション管理適正化法、マンション建替え円滑化法、再建特別措置法)を中心として検討した経験もあります。それによって災害に備えた補修や建替え契約等に関するシンポジュームを開きましたが、当然これらの検討によっても賃貸借契約に影響する事項は多々出てきます。
皆様の夢(目的)を実現するためには契約書が大切だという認識をお持ち下さい。その夢を実現するのだという気持ちで将来を考え、それを誰かにお話になるだけでも契約のリスクや疑問点が出てくるものなのです。
ここでは、現場ウオッチでも駄目だったこんな事例を紹介しましょう。
契約は、マンションの一室を法人の寮として賃貸したという内容でした。したがって契約当事者は会社でした。その後、会社は倒産したのですが、賃料の振込は入居者が継続して行っておりました。会社契約なので保証人はついておりません。賃貸人は、入居者と毎日顔をあわせていましたが会社がなくなったことについては知りませんでした。振込名義は会社のままだったからです。2年ほどして賃借人とちょっとしたいざこざがあって、賃貸人は契約した会社がなくなっていることを知りました。賃貸人は契約当事者がいないのですから不法占拠になると判断しました。そのため入居者には出て行ってほしいと訴訟した事例がありました。
借主が変わっていながら、判決では契約は既に個人間のものに変わっているとして入居者が勝訴した事例です。契約当事者がいなくなっているのですから、ちょっと勉強された方にはとても納得できないでしょうね。この訴訟は税理士の先生の指導によるものでした。
賃貸借契約は継続的な契約ですから、継続している契約期間中にお互いの信頼関係が続いているかどうかを前提として判断する契約なのです。信頼関係が破壊されているなどといいますが、裁判所は、現在の状態をよく見て判断したということなのです。
例えば借地上の建物が契約に反して増築や改築などが行なわれていないかということも重要な事項です。こうした増築や改築に気がつかないままに長期間放置すると、契約違反であるとして解除権を行使する時に解除が認められない危険があります。また、管理会社に委託している場合、ごみや清掃など借地・借家の管理が適切に行なわれているかの確認も必要でしょう。これを見過ごして放置してしまうと、近隣の方とのトラブルになるばかりでなく、大切な資産価値が下落してしまうことになるでしょう。
賃貸借契約を更新せずに解除するためには、借地借家法や民法に定められている期間内に更新拒絶の通知をし、賃借人からの更新の希望に対して速やかに更新しないとの異議の通知をする必要があります。
更新拒絶や異議は無条件にはできません。
それを「正当事由」が必要といいます。
「正当事由と立退き料の事例紹介」については実例をコラムに掲載します。
更新料の取り扱いについては、最高裁判所の判断がまたれるところでもあります。
我々のアドバイスも時期に適したものとする必要がありますので、このテーマもコラムにのせることにします。
解除をしても、そのまま居座る悪質な事例には、転貸してしまう場合もあります。判決を受けた者以外には明渡執行はできません。賃借権を無断譲渡されても明渡執行ができるように占有者を固定しておく必要があります。これを通常保全処分といい、弁護士でないとできないことになります。「盗人に追い銭」とはこのことをいいます。
訴訟ではなく任意に明渡交渉をすることのメリットは、弁護士に依頼した場合も同じなのです。当事務所では時間の短縮・執行費用の削減にも配慮して、任意の明け渡しができるかどうか種々の局面で検討することにしています。
解除しておかないと相手方との交渉が長引き毎月の未払い分だけでも多額に及ぶことがあります。900万という呆れるような未払い賃料を抱えた案件も処理しました。しかし解除の手続きに入っていれば、賃借人との法的関係も明らかとなり、交渉を有利に進めることが可能でしょう。
しかしながら解除には以下に述べるような法的な制約があります(そもそも早急に決断して弁護士に依頼することが確実な解決を保証するのですが・・・)。
契約書上「催告なく解除できる」という項目がある場合はどう考えますか?
このような場合も法的に催告した上で契約を解除する必要のある事例が殆どです。
解除できるかどうか不安な場合には、賃料不払いを条件とする解除もあります。「5日以内に滞納賃料を全額お支払いください。お支払いのない場合には、この書面をもって契約を解除します」という内容の内容証明郵便を発送します。
解除通知は内容証明郵便で発送して後日の証拠を作るのですが、同時に相手方の他の約束違反等も明確にして、裁判官の納得を得られるよう事前準備を兼ねて行うのが当事務所の手順です。
賃貸借契約は、長期にわたって継続する契約のため、契約を解除するためには、単に賃借人に契約違反が生じただけではなく、賃貸人と賃借人との間の信頼関係が破壊される程度に達しなければならないと言われております。
賃借人が賃料を支払わない場合でも、上記法理が適用されます。契約書に「一か月以上滞納した場合は催告なく解除できる」と書かれていても、通常一カ月の滞納だけでは信頼関係が破壊されたとは認められません。一般的に、大体三カ月程度の滞納になると信頼関係が破壊されるとされております。また、信頼関係が破壊されたかどうかの判断は、複数の契約違反を併せて考えることもできます。たとえば賃料の滞納が2カ月程度でも、無断転貸や不十分な管理など他の契約違反がある場合には、合わせて信頼関係が破壊されると考えられております。信頼が壊れたというためには相当期間の経過或いは他の諸事情が必要になるのです。
賃借人と明け渡し交渉がうまくいき、無事に明け渡してもらえるとなった場合、原状回復までしてもらえればよかったと考えるべきです。賃料滞納で明け渡しとなるような場合、賃借人に原状回復の資力がないのが殆どです。
明け渡しとなった場合には、動産の所有権を放棄してもらい、賃貸人で処分してもよい旨の念書をとっておく必要があります。契約書上「残置物を賃貸人が処分しても異議はない」という条項が入っている場合もありますが、こうした条項は一種の自力救済に当たるものとして許されていません。後日賃借人との間で損害賠償などの問題が生じかねません。必ず明け渡しを受ける際に、動産放棄の念書を取っておくべきです。
契約期間の更新をなさず明渡をしてもらう法的な理由ということです。契約解除が裁判所で認められるかどうか不明の場合にも、更新拒絶の申出と債務不履行とを抱き合わせで使われることもあります。自己使用その他の正当事由という考え方はなかなか難しいものです。「正当事由」では、種々の事情を総合評価しますので、何が正当事由かも曖昧になります。
最高裁判例も「立退料の提供は正当事由の有力な事情」といっており、「正当事由の補完がなしえる」と述べております。立退料については不動産鑑定評価基準もありますが、要は、借主の投下資本の回収、借主の積極損失(移転費用、営業損失等)、当事者間の公平等を配慮して決められます。
これらの事例は立退料の提供という補完事由と併せて認められた事例が殆どです。
(1)自己使用には「自己」の子供や家族等も入る。再開発とセットにして認定した事例あり。
【事例】貸主は高齢で病弱であったので、同居する長男夫婦に面倒を見てもらう必要があった。同居中の居宅は手狭で環境も悪いので新しく同居する建物を建てるため、立退料750万円の提供により、社宅として利用する賃借人より返還を受けた。
(2) 自己使用が営業目的であっても認定される。例えば会社事務所の拡張、店舗拡張、工場増設或いは従業員宿舎の建築を認めた事例あり。
【事例】新聞販売店を営んでいた貸主は、従業員宿舎のビルを建築する必要があるとして賃借人に土地の返還を申し出たが、立退料6450万円で正当事由ありと認定された。
(3) 居住と営業のセットとなったものとして、生計維持のための貸駐車場、店舗兼居宅、子の居住場所と自動車整備事業、子との同居兼子の営業の事例あり。
【事例】貸主は、自己の子が居住し自動車整備事業を経営するため本件土地が必要であるとし、借主に対して使用継続に異議を述べ、利害調整金として計650万円の提供により、明け渡しが認められた。
(4) 再開発事業やマンションの建築というように有効利用・高度利用を正当事由として認めた事例あり。
【事例】貸主は、都市の再開発事業を手掛ける不動産業者であるが、再開発事業を効率的に進めるため立ち退き交渉を行い、立退料6500万円の提供により、正当事由が具備されるとされた。
(5) 建物の老朽化により建物の建て替えが必要であるとして、隣接ビルとの併合の事例、修繕に過大費用がかかることを理由として立退料の提供を補完事由として正当事由が認められた事例等、多数あり。
では立退料は一体いくら払えばよいのでしょうか?
結論から言うと、立退料も他の事情との「総合判断」の中で金額が出されるものであるだけに事案によって異なり、単純に計算式を示すことはできません。もっとも事例を多く見てみれば、どういった要素によって立退料の額が決まっていくのかということは分かってきます。
立退料の額の算出要素としてまず挙げられるのが、借地権価格や借家権価格でしょう。また借主の投下資本の回収という意味で、借地上に立っている建物の価格や建物に据え付けられた造作の価格等も算出要素として考えられます。さらに借主には借地、借家から出て行ってもらうことになるわけですから、移転するための実費(引っ越し代や移転先の賃料との差額の一定期間分など)も算出要素として考えられます。
さらに借主が借地や借家に実際に住んでいた場合には、近隣関係など生活環境が変わることになるので移転による生活上の不利益が立退料の算出要素として考慮されることもあり得ます。借主が借地や借家で店を開いていたりする場合には、移転することによる営業上の損失(お客さんを失ったり、仕事が継続できなくなったりなど)も算出要素となるでしょう。
立退料はあくまでも他の正当事由を“補完”するものですから、上記の要素で算出された金額を支払うだけでは正当事由が認められることはありません。しかし逆に、貸主に正当事由があると認められる立退料以外の強い事情があれば、先ほどの要素で算出された金額を大きく下回った立退料の支払いで正当事由が認められることもあり得ます。
建物の老朽化に関係した相談は本当に多いです。「老朽化」という用語に似ているものとして、改正前の借地法に「朽廃」という語がありますし、新借地借家法には、「建物の滅失」という語も使われております。「老朽化」という用語は、法律で定めたものではなく、通常使用されているものにすぎないのです。
「滅失」は文字通りなくなることですが、建物の「朽廃」はどの程度でしょうか。大分昔のことですが、写真雑誌に特集された「これが裁判所の認めた朽廃だ」という建物の写真には驚きました。「朽廃」とは、「社会通念に照らし、建物としての社会的経済的効用を失うもの」と言われておりますが、その写真はすさまじく、本当にぼろぼろで人が住むことなどできないのは一目瞭然でした。
「朽廃」となると、建物が建物でなくなるのですから、建物の賃貸借契約は、目的物がなくなり契約は終了します。判例上では、建物建築後長い年月の経過が必要ですが、それより主として、当該建物が何時崩壊するか分からない程度の危険性を理由にして建物賃貸借契約終了の判断をしているものがあります。このような危険性のある建物に関する相談も多いのですが、危険性の評価は建築士の判断も必要です。事故に対する所有者責任もありますので、このような状態になっている建物賃貸借契約には注意をしないといけません。
「老朽化」という語は、建物としてまだ利用できる場合も含みますので、極めてあいまいな概念です。使われ方としては、契約更新拒絶の正当事由である自己使用の必要性や有効利用等に付加して、「本件建物は老朽化している」と主張することがよくあります。でも修繕したら崩壊の危険性もなくなり、老朽化も防止できる場合が殆どです。新築したほうが建物を修理するより経費が安いというような場合ではどうでしょうか。ところが最高裁の判決には、経済的な理由だけで判断してはならないというものもあるのです。結局、老朽化の内容やその程度は、正当事由の一要素として総合的に勘案されるものと把握してください。
正当事由に関して私の裁判経験を話しましょう。イメージをつかんでいただくには具体的な話が一番でしょう。
私が、東京地裁より最高裁まで勝訴した事例が「借地借家の正当事由と立退料・判定事例集」(新日本法規出版)という本に掲載されているのを、私の事務所の先生が偶然発見してくれました。プライバシーに遠慮せずに、私の事例を紹介できるのは本当に珍しい事です。
場所は池袋西口、駅直近、商業地域、いまでも低層・木造住宅が立ち並ぶ未開発地域です。この申立会社は再開発会社としては著名な会社で、これまでこの地域において数知れず連戦連勝、私が負けていれば池袋西口は現在の状況とは全く違ったものになっていたはずです。ここで自慢話をしている訳にはいきませんので、その本のまとめ部分(判例を纏めたもの)をそのまま引用します。
「本件建物の老朽化の程度、土地の高度利用及び建物の不燃化の社会的必要性、高度な容積率の指定並びに本件ビル新築計画と更地化作業の推進等の諸事情に鑑みれば、Xが本件ビル新築計画を計画通りに実現する能力を有している限り、妥当な額の立退料の支払いを条件に正当事由の存在を認めるのが相当であるが、Xにはその計画を実現する能力の存在に疑問がある以上、立退料の提供があっても、正当事由が具備されるものとは認められない」というものです。オーナーの方にとっては逆説的な判例ですが、申立人に計画実現能力さえあれば、老朽化も一要素となって、私の依頼者は叩き出される結果になったということです。
昭和60年頃の所謂バブル景気の時代、土地の有効利用は社会的な使命でした。多少の老朽化と土地の有効利用、特に、再開発地域であれば、再開発を正当事由として立退きを請求するなら、借主に自己使用の必要性があっても、立退料をもらうしか方法がないという時代でした。
前項で紹介した事例はまさしく上記条件そのままでした。正当事由を争っても勝ち目がないと判断した私は、池袋駅前地域の広範囲における申立人の開発地域を全て洗い直しして、証拠として出された判決、和解調書等の計画を全て点検しました。当時、バブル景気の破綻直後であったことから前記計画が実行できる社会的状況がなくなりつつありました。根気のいる調査により予定された計画が実行できていないこと、その実行能力に疑問があることを立証して勝訴したのです。
逆に正当事由が認められた事例もありますが、この事例はかなり有名です。私と同じ地区の全く同様の条件にもかかわらず解約が認められたのです(ただし申立人は、私の事例と異なり私の事例の子会社)。解約を認めた平成元年東京高裁判決は、2部屋の借家月額賃料が3万1200円程度であるのに、立退料1億6000万円で正当事由ありと認定しました。これだけの金額なら私も負けた方が良かったと言われるかもしれません。しかし依頼者は退去したくないのですから、勝訴したことについては誇りに思っております。
これまでの判例・事例を分析しましても、この事情を抑えて下されば必ず勝てますといえるものは多くありません。しかし建物の老朽化はもちろん、現在も有効利用や再開発は正当事由の重要な要素となります。基準は、賃貸人の使用の必要性と賃借人の必要性とを比較考量して、立退料を含めたこれまで述べた種々の事情を総合して判断されます。しかしながら、賃貸人の事情が多少弱くとも過去の賃借人の賃料不払いや用法違反などの背信行為も評価の要素となるのです。
要は、どうしても自分で使用したいというような事情があれば立退料の額が上がることはあっても解約できる可能性は高いのです。そして立退料の評価は、借地権価格、相手方の営業の内容やその収益性、代替性、その他の事情によって左右されます。
近年、顧問先等から借家契約を定期のものに切り替えるよう要求されているという相談が頻出しています。都心はファンドや外資系の進出もあり、事業用借家については定期に切り替えるよう、厳しい要求が多々ありました。実際に家賃値上げに絡めて要求されるため、簡易裁判所の調停は花盛りだったようです。
定期借家契約は更新がないことにできるので、正当事由の論争と関係がなくなるからです。定期借家制度の切替えが可能である否かは、借家契約が平成12年3月1日で区分されます(同日施行の改正借地借家法)。すなわち居住用建物の借家契約については同日以前については切り替えすることは認められていません。しかし居住用でないもの、つまり店舗などの事業用建物の借家契約にはこの制限がありません。従って、上記のような現象が起きたのです。新借地借家法は使いづらいものとしてそれほど歓迎されませんでした。しかし平成11年借地借家法の改正があり大分変ってきました。サブリースの相談も増えております。
「自分の財産を自分で使いたい」ということは全く正当な要望です。
更新拒絶における「正当事由と立退き料の事例紹介」は更にコラムで紹介しましょう。これは立退き料の相場観を作っていただくものです。