新宿の顧問弁護士なら弁護士法人岡本(岡本政明法律事務所)
当事務所では、上場企業(東証プライム)からベンチャー企業まで広範囲、かつ、様々な業種の顧問業務をメインとしつつ、様々な事件に対応しております。
コラム - 201501のエントリ
強制執行(その3 銀行預金或いは車の強制執行)
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- 強制執行
一 請求権実現の方法は強制執行
1 請求権には種々のものがあります。今回はお金を請求する事件、金銭債権に限定してどのような方法で回収するのかについて考えてみましょう。実際には任意に払ってもらうために話し合いをするのでしょうね。そもそも任意に支払ってもらえないことが予想される場合には、契約時に、強制執行認諾文言付きの公正証書を作ったり、何か価値のある物を担保に取ることもします。しかし事前にどのような方法を講じようとも、相手が任意に支払ってくれない限り、強制執行をするしか方法がありません。強制執行とは、国家機関の関与によって、相手方、つまり債務者の意思に反して、債務者に義務を履行させることをいいます。
故に、強制執行できる「お墨付き」をどのように取得するかが事件解決のコツになります。「お墨付き」のことを債務名義と言いますが、確定判決、仮執行宣言付判決と挙げればきりがありません。先に述べました公正証書もそうです。でも強制執行認諾文言付きの公正証書と言いましても建物明渡請求事件のような特定物の給付を目的とする場合には債務名義になりません。注意が必要です。
2 確定判決をとるには相当な時間がかかります。その間に相手が無一文にならないとも限りません。従って債務名義をとる前に、仮に執行するという保全処分も検討しないといけないのです。
不動産については、時間のかかる裁判をしている間に、相手方が意図的に譲渡したり、新たに担保をつけたりする場合、巨額の損失が発生します。このように相手方の対応をにらんで、仮差押えである保全処分を検討することになります。
では銀行預金に対する保全処分はどうでしょうか。
銀行預金が確実にあると分かっていればいいのですが、預金の所在もその額も分からないのが普通です。ここで注意が必要です。銀行預金に仮差押えをする場合、債務名義がないのですから相当な担保をたてる必要があります。銀行が「預金はありません」という回答をした場合でも、相手方の損害が考えられ、担保の簡易な取戻手続ができないのです。担保は仮差押えされた債務者の損害を補填するためのものですから、相手方の同意か、担保取消決定をもらうという面倒な手続が残ります。従って預金は確定判決を得て執行するのが通常です。
二 強制執行のエピソード
1 多くの事件は、相手方がどの銀行に預けているのか、或いはどの銀行に多額の預金があるのか分からないことが普通です。でも当事務所は諦めません。銀行預金の所在調査がポイントになります。こじれる案件は、相手方も差押えを予想して取引銀行を隠しております。そこで先ず、過去当方に振込みをしてきた銀行の支店、次に会社ですとネットに載っているかどうかの調査、支店等についても調査をします。帝国ホテルの内装業者との紛争事件のとき、会社支店先である立川支店でヒットしたことがあります。ちょうど給料日前に差押えしました。巨大法律事務所の弁護士が大金の回収の噂を誰から聞いたのか、銀行名を教えてほしいと厚かましく電話をしてきたこともあります。
個人の場合には、自宅から駅に出るまでの銀行数か所を差押えしてヒットしたこともあります。昔は、給料が第一勧業銀行に振り込まれることが多かったため、相手の勤め人になった当時の勤務先に近い第一勧銀支店を差押えの対象としたこともあります。数か所の差押えで、僅かな金額のヒットはよくあることですが、その粘りに負けて和解を申し出られたこともあります。
若い弁護士の先生方には勉強になる話だと思いますが・・。
2 顧問会社の裁判で面倒な方と争った時、相手方の社長が超高級車で裁判所裏口に出てきました。偶然、鉢合わせをしたのですが、顧問会社社員は無謀にも走る高級車の前面に立ちはだかり「この車を押さえてください」と絶叫しました。
ここまでされたら押さえない訳にはいきません。このエピソードは10年以上前のことですが、その場で判明した車の番号から直ちに陸運局に行って調査をし、社長の車か会社の車か割り出し仮差押えの準備を始めました。この案件は、この社員の無謀な行動に驚いたのか、すぐに相手方が分割支払のお願いに来て和解になりました。ところで副所長から、近時、陸運局では個人情報保護法の関係で調査に応じてくれない、弁護士照会で調査をするのだと聞いて驚いております。
三 江戸時代の裁判
1 前のコラムで紹介した経済小説家高任和夫さんは、最近「江戸時代もの」を書いておられるということをネットで知りました。早速「星雲の梯(老中と狂歌師)」(講談社)と「貨幣の鬼(勘定奉行萩原重秀)」(講談社文庫)を買ってきました。今、私は経済小説ではなく江戸時代の裁判官であった川路聖謨(「かわじとしあきら」と読みます)の膨大な本を読んでおりますので、余計高任さんに親近感を抱いたのかもしれません。
和解を「内済」というなど勉強しておりますが、当初は執行をどのようにしていたのかについて関心があり、あれこれ読んでおります。
2 江戸時代に関係する本を読む楽しみを考え、「大江戸今昔マップ」まで買いました。江戸時代の街並み(江戸切絵図)と現代マップが重ね地図になっていて、現在楽しんでおります。
余計なことも書きたくなりますが、強制執行のコラムはまだ続きます。次回のテーマは「財産開示手続」にします。
一 週刊エコノミストの特集
1 平成26年12月16日号「週刊エコノミスト」に私の文章が掲載されました(40、41頁)。
週刊エコノミストでは、表紙において、特集の内容を「実家の後始末」と大きく題しております。
そもそも「空き家問題」は、現在、週刊誌等で特集ブームになっており、この号も爆発的に売れたようです。当事務所では、同号の大量買い注文を出しましたが、市中にはないとのことで手に入りませんでした。
2 確かに、いずれの雑誌の特集記事においても「不動産を放棄できるか」については触れないままです。空き家対策を如何に論じようとも、最終的に誰しもが思いつく「余計な不動産は捨ててしまえ」という素朴且つ最終解決の疑問に対して答えていません。空き家のゴミ(家具等の動産類)を、どう「放棄」するかついて詳細に論じているため、余計に中途半端で、読んでいて歯切れが悪いのです
週刊エコノミストは、表紙に「放棄できない実家の所有権」と副題をつけ、根本的な法的問題まで論じているのですから、爆発的に売れる訳です。私を取材して原稿依頼された記者の目の付け所の良さを評価します。
3 私の原稿(40頁)には、副題が付けられ掲載されました。「法制度 不動産の所有権は放棄できない。法の陥穽を埋める対策が急務」と題され、小さく「不動産の所有権放棄を認めないことの弊害が出ている」と記載されております。しかし、この原稿では「不動産の放棄」に関する自分の思考過程については書いておりません。
私の考えでは「弊害」とまでは言えないのです。
本コラムにおいて「弊害」になるのかどうかについて、皆様と一緒に考えたいと思い ます。
二 週刊エコノミストの原稿依頼
1 週刊エコノミストからの原稿依頼は、事前に電話にて大枠の説明があり、その後、記者にお会いして説明を聞きました。内容は、私がホームページに載せているコラム「不動産は放棄できない」という連載物の話を前提にされ、「不動産の放棄ができないことにより困った事例を書いていただけませんか」との依頼でした。当時「実家の後始末」特集とまでは具体的に教えられていませんでした。
単なる困った事例報告でよいと念押しされ、たった2500字程度の原稿依頼ですから、私も、私の主観的な意見は書けないという前提で書きました。
2 その後、私の原稿に加筆・訂正のお願いがありました(当時、題及びその副題はまだありませんでした)。その際、記者から、書きたかった私のコラムに関係した部分については要らないのではと言われました。この原稿依頼があるまで、ネットで「不動産の放棄」と検索すると、私のコラムが第一順位になっていることなど知りませんでした。しかも不動産放棄のコラムは、随分前に書いたものなのに、ネットでは、いまだに正確な情報が書かれていないことなどについても、皆様にお知らせしたかったのですが・・。
でも不動産の放棄ができない事実と事例内容に限った掲載ですから、コラムに触れる部分は削られても仕方がないと諦めました。
3 お会いした記者は優秀な方でしたから、私の思考を推論されたうえで、不動産の放棄ができないことは「弊害」であると編集会議で説明されたのだと勝手に推測します。このような考え方も当然に成立するでしょうから。
記事本文が、私のお願いの内容に訂正されたことについては、大変感謝申し上げております。しかし「不動産放棄」ができないという事実が、「空き家」問題の「弊害」になっているということについては、私の考え方からは馴染みません。
三 本論−「不動産放棄」ができないことは法の欠陥か?
1 不動産の放棄を認めますと、所有者のない不動産が生じます。民法第239条2項には「所有者のない不動産は国庫に帰属する」と規定されていますので国が所有者となり、国が不動産を管理することになります。不動産の放棄が自由にできるなら「自由に放棄して国に皺寄せをしたらいい」という結論になるのです。この立場では、不良資産を国が管理することになり、重大な問題に発展します。管理費用も国が負担し、それを一般国民に転嫁することになります。さらに重大問題は不測の責任です。これには刑事責任もありますが、これらの責任を全て国に転嫁する結論となります。
不動産放棄を認めた場合、放棄する者の所有者責任はどうなるのでしょうか?「自己責任のネグレクト」で許されるのでしょうか。こちらの方が逆に「弊害」です。私はこんな勝手な社会は嫌いです。
2 現在の空き家問題は、今後の地方自治体の姿勢を見ることも大切だと考えております。条例に関しては、従前の私のコラムでも十分に展開済みですが、その猛烈な対応ぶりには驚いております。
私の結論は「放棄できないという事実だけを知らせればよい。そして、その認識に基づいて、早期から対策を立てるべきである」というものです。そもそも空き家問題は、上記事実を知らないことから自己管理責任が果たされず、放置されたままになっているというのが実態ではないでしょうか。
しかしながら、私は、破産者や生活保護受給者が不動産を放棄できるようにするという法律の改正は必要だと考えております。
どちらの立場をとられても立論はできます。どうか不動産放棄のコラム6回分及び週刊エコノミストの私の記事をお読みください。
四 民法学研究者の方へ!
週刊エコノミストでは、新版注釈民法を引用して民法学の大家と言われる学者の見解を紹介し、法の姿勢を論述しました。
そこで示した参考文献、著者匿名「土地を放棄したい人」ジュリスト5号[昭和27年]の著者について、鈴木禄弥教授は、匿名の著者とは我妻教授だというのです。「フランス法における不動産委棄の制度」民商法雑誌27巻6号[昭和27年]以下参照)」にそのような記述が出てくるのです。偉い学者はさすがに凄い。当時の民法学における論争の世界を覗き見したいとまで思いました。小説になりますものね。
以上は「不動産の放棄」について研究される方には、必読文献になりますが、この話を、我が事務所の秀才弁護士である田中先生に話したところ、目を輝かせてくれました。