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生命保険は遺産ではない (相続事件簿 その9)

カテゴリ : 
相続事件

 

一 夫契約の生命保険が離婚した先妻のものになるのかという質問
 
1 今回も前回と同様、20年ほど前、旧知の友人から受けた相談です。
彼とは大学時代、一緒に絵描きの仲間として付き合っておりました。彼は不思議なほど女性の方から相談を受けることが多いのです。私には羨ましい存在なのですが、彼はこのコラムの愛読者でもあります。彼は具体的な内容は話さず、しかし要点を外さない相談を持ち掛けるのが常です。このような対応を含めて不思議な魅力のある友人でありますが、その相談は次のようなものでした。
今回の相談相手も女性で、次のような内容でした。「主人が亡くなり、調べていたら、主人が生命保険に入っていたことが分かったそうだ。すぐ保険会社に連絡したが、保険会社から、あなたには払えないと言われたらしい。保険金受取人がずいぶん前に離婚している元妻の名義になっているからだという話しだ。でも元妻は再婚していて、主人の生命保険を貰う理由がない。こんなことが許されるのだろうか」というものであります。
友人は、保険会社も関連企業にもつ有名企業のエリートサラリーマンですが、自分でも保険会社の説明はおかしいと思うので相談の連絡を入れたというのです。
 
2  私は、昔この判例を読んでしっくりこなかったことを思い出しました。ついでだから、この判例を精査したいと思いました。
当時、会う楽しみを優先させた恩着せがましい提案をしました。つまり、彼は何時も、自分の勤める会社の顧問弁護士達より私のほうが圧倒的に優秀だと褒める反面、相談ばかりで金になる仕事を回してきたことはありません。そんなこともあって、この相談を私の楽しみに変えようと思いました。
そこで「保険が遺産でないことは君のようなエリートが知らない訳がないよね。受取人に「妻○○」という記載がそのままで、その後離婚していても、最高裁の判決は保険会社の言う通りなんだ。しかも元妻は再婚して姓も変わっているんだものね。君が納得できないという気持ちはよく分かる。自分も、昔勉強した時、一度この判決を精査したいと考えていた。俺が無能だからという訳ではない。君は、俺ができる弁護士だと何時も言ってくれているよね。だから時間を頂戴。事務所で相談しようぜ。あとは飲もうぜ。」と「調べる楽しみ」と、「飲む楽しみ」を確保しました。
ところで、今回このコラムを読む友人に、当時の私の気持ちを知ってもらえれば、20年ぶりの話題を肴に、再度美味しい酒が飲めるというものです。
 
二 最高裁判決に疑問を持つことは健全か?
 
1  早速友人が納得できる資料収集に邁進したのですが、私の感覚は当時から冴えていますね。私の違和感は最高裁上告理由書まで読んでやっと得心できました。
 
2  調べたい最高裁判決(昭和589月8日第一小法廷判決)ですが、先ず、私の自宅の書斎を埋め尽くしている何十冊もの一冊「最高裁判例解説 民事篇 昭和58年度」(法曹会出版)を読んでみました。この解説書は有名な注釈本を百倍にした程度ではありますが、私の感性に訴えてくるものがありません。そもそも上告理由書がないのです。
     でも驚きました。元妻は自らの不貞を理由に夫と離婚しているのです。しかもこの保険は団体定期保険だというではないですか。夫は医師で○○県医師会の団体保険に加入していたというのですから、私が弁護士会の団体保険に加入しているのと全く同じです。私だって弁護士会の団体保険がどうなっているのかなど関心がありません。受取人の名義変更を放置していた状態というのはよく分かります。
 
3   早速、弁護士会の図書館に行って保管されている最高裁判例を調査しました。昭和58年の判決ですから当時は最近の判例と言っても不思議ではないのですが、なんと裁判長はあの有名な団藤重光博士でありました。あの尊敬する団藤先生が事情の勘案もされず、私にとっては一方的と言えるほどの保険会社寄りの判決をお出しでした。そもそも上告理由書を読んで自分の大学時代を思い出したと言うのが正直なところです。私の学生時代、大学の閉鎖性や古い体質改善を求めて運動した学生が7名除籍され、その当時の学友を思い出しました。この調査当時、7名の除籍者のうち3人目の自殺者がお茶の水聖橋から投身自殺しております。
 
4  上告理由書の「はじめに」だけでも読んでください(原文のママ)
 「上告人が心から希うところは、万人の納得に値する判例の樹立である。我国における資本主義体制は、永年に亘る助長政策によって、遂に発展の極度にまで達し、今や、そのための必要悪とせられておった非道義性の修正をもって、緊急の課題とする時点に至った。同時に、その間逼迫を已むなくせられていた、我民族固有の道義感は、正に、甦生の時を得たといえるのである。この際に当たってなされた、原審判決の内容たるや、旧態依然たる大量契約保護主義の残滓以外の何ものも、これを認めることができないものであって、これを、現時代における公正なる社会通念として、よく黙視することは、到底あり得ないのである。本件は、正に、時代を画すべき試金石といえるであろう。くしくも、被上告人らの第一審における答弁書の付記は、このことを暗示する感が深いのである。」
  私は上記最高裁判決を形式的なものと思わざるを得ません。名義の書換えが放置された経緯をもっと検討するべきであったと思います。

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