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特別受益と持戻し免除 (相続事件簿 その7)

カテゴリ : 
相続事件

 

一 特別受益が問題になった事例
 
1  今回は特別受益が問題になり、その解決に大変苦労した事例を紹介し
ましょう。
前回と同様、バブル景気に湧いた当時の事例です。
問題の発生はバブル景気を遡り、失われた10年と称された不景気のど真ん中、昭和50年頃のことです。当時、相談者のお父さん(以下、父といいます)が、借地上に建物を建てて相談者のご長男家族と同居されていました。昭和50年頃は不動産価格もどん底で、当時、お困りになった地主さんから底地を買い取ってくれないかとお願いされたそうです。ご高齢の父には資力がなく、同居していた長男である相談者がその底地を買い取ることで話がつきました。相談者ご夫婦は、当時より、父母の介護を続けてこられましたが、ご両親が亡くなられたバブル景気の頃には、その土地の値段は驚くほど高騰していたのです。
 
2   相談者のご兄弟は、父の遺産分割を主張されました。
相談者は、父の遺産については、預金と僅かな株式、本件で問題となる価値のない建物しかないと反論していたところ、ご兄弟に弁護士がついて「被相続人には借地権という莫大な遺産がある。それを処分なりして法律に従って分配して下さい」と言ってきたというのです。
これは大変なことです。建物に価値などありませんが、借地権は土地そのものであり、しかも都心にある一等地なのです。
路線価により借地権割合7割とすると、億単位の話しになってしまい、相談者に支払える金額ではありません。しかも相談者は父のお願いによって底地を買われたのであり、その後何年もの間、父母の介護に努めてこられました。
 
二 多岐に渡る論点
 
1 論点整理
借地権は存続しているのか?消滅しているのか?借地権が存続しているなら、父の借地料等は何故支払われなかったのか?
借地権が消滅しているのなら、父の建物の利用権はどのように評価すればいいのか?
借地権が消滅している場合、底地を購入した相談者には借地権価格を除いた底地価格で購入したのであるから、借地権価格が贈与となり、特別受益にならないのか?
特別受益とすると、特別受益とされる借地権の評価は何時の時点で考えるのか?
特別受益とすると、黙示による持戻し免除の意思表示が検討される必要があるのではないか?
 
2  今回のような事例、或いはこの変形は、実は多いのです。
通常、相談者は、相続税に関する税法上の配慮もあり、借地権は消滅したと主張されることが多いようです。法理論としては民法179条による混同の法理ですね。「同一物について所有権及び他の物権が同一人に帰属したときは、当該他の物権は消滅する」と言う法理です。
上記主張をする場合には、更に底地相当の価格分に関する贈与を受けたとして、特別受益の認定がなされるでしょう。これは底地の評価額ですから莫大な金額を相続分として持戻しせねばなりません。
上記の場合には、次の理論による手当てが必要です。即ち、父が「黙示で特別受益としない」、つまり相続分として持戻ししなくてよいという「持戻し免除の意思表示」があったと主張しないとなりません。ここまで裁判所に認定されないと勝負の意味がないのです。微妙です。
では、借地権が消滅しないとする主張も考えてみましょう。
消滅しないなら、父は建物を所有しているのですから借地料等を支払わねばならないはずです。父は上記事実に頓着せず、当然に賃料等の費用に関する支出はありません。上記の状況で借地権が存在すると言っていいのでしょうか?当事者の誰も借地権が存続すると考えていなかったというのが本件の素直な解釈で、黙示の合意とも言えます。
以上のように考察し、これを使用貸借に変じたとされる学者或いは判例も当然に出てきます。親族間の建物所有に関し、土地の使用貸借は、例え借主が死亡しても当然には契約終了にならないとし、民法599(使用貸借の終了)の適用を否定する考え方です。事案に素直ですね。
本件においては、父の相続人は父の使用貸借という法的立場を相続し、相続人間で相続法理に基づいて決着するという流れになります。
しかしながら、使用貸借として評価される金額は、借地権と比較し大幅に低額です。
 
三 本件の解決
   何が解決の急所になるのか、「生もの」の事案は不思議ですが、本件は相談者ご夫婦が、長年父母の介護を続けてこられたことが解決のポイントになりました。ご兄弟も相談者ご夫婦の長年の労苦を知っておられましたので、最後まで無理を言われる対応をされませんでした。
   ご兄弟の弁護士は、最終的に土地の使用貸借相当分の評価額でよいという姿勢を示されたのです。古い非堅固建物であることからして、評価額は1割程度と認定するのが我々の常識です。
税法上の工夫も必要であり(税理士の先生との共同作業です)、総合的な評価・検討が不可欠です。当時は相談者の寄与分まで検討しました。
結論として、上記評価額及び預金等を各兄弟に分割してお支払いするという内容で和解しました。でもバブル期の高騰した相続時を基準にした評価額ですから、支払いはそれなりの金額になりました。
その後のバブル崩壊まで考慮されないのが残念ですね。

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