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遺言と遺留分 (相続事件簿 その5)

カテゴリ : 
相続事件

 

一 相続法理と遺留分
 
1 日本国民の政治思想を分析される学者の方は、相続法理と遺留分の制度がどのような実態にあり、それがどのように定着しているのか調査をされるのも面白いのではないでしょうか。今回のテーマは、日本の将来を心配される方には変わった視点からの題材を提供します。
遺留分制度の多少面倒な法理論が、我が国の民主主義の在り方にまで影響するということは驚きだからです。でも政治的な宣伝ではございませんので、安心してお読みください。
 
2 遺言により遺産を処分することは、資産所有者が有する最後の自由であります。つまり遺言書を書いて好きなように遺産を処分することは所有者の全能の権利であるはずです。既に本コラムでもそのように書きましたが、しかしこの自由は制約を受けてきました。中学生の社会の講義のようですが、遺留分規定もまさしくこの自由権の制約なのであります。
  そもそも遺留分の制度は、戸主処分権の制限として明治民法時代から定められており、その制度を現民法も引き継ぎました。つまり遺留分制度は古い家族共同体的な制度を連想させるのです。血の繋がる者には、かなりの割合において遺留分が認められます。しかし家という封建的な側面でなく近代的な法律構成が必要になります。私が司法試験を受験した頃の法律学全集には「遺留分法は、個人主義的処分自由に対する家族主義的家産擁護の防塞である」と明記されていました。
封建的な匂いがする本制度に対しては、論述をすすめるのも面倒で、学者の方からは敬遠されていたのだと思います。
 
3 早速、家族法が民主主義を左右するという学者の先生を紹介しましょう。
ソビエト連邦の崩壊について人口統計学の手法を用いて予想を的中させた「家族人類学者」エマニュエルトッドという先生です。日本でも講演をされましたが衝撃的でした。“相続法理が民主主義の成否を握る”という学説を私なりに要約してしまいます。
彼によりますと、差別意識は、子供の頃植え込まれた差別意識により発生し、その意識は将来も免れられない先験的なものとなって存続し、その後も表出されるというものです。そして、そのような国では、他者への差別意識が民主主義に対する阻害となって表出するというのです。そして、同氏はなんと日本を平等相続の国ではなく、「直系相続の国」だと言っております。
「直系相続」は平等相続ではありません。
 
二 日本の相続法理
 
1 日本は直系相続の国なのでしょうか?
そもそも、日本は、国の行く末というような重要事項については、皆様と一緒に決定に関与できる民主主義国家です。しかも民法では兄弟姉妹の相続分を平等としております。どこに「直系相続の国」などと言われる要素があるのでしょうか。これでは二流国家のようです。
しかし、事実はそう簡単ではないのです。
 
2 私の故郷は江戸時代より続く城下町にあります。家に対する認識は日本伝来のものがありました。両親は、家を継ぐ者が家業等一切を承継すると常に言っておりました。これは遺言と同様の価値があるものです。エマニュエルトッドに言わせると、上記認識は直系相続、つまり先験的な差別意識の萌芽なのですが・・。
思い出話にもう少しお付き合いください。
大学時代の私は「家族帝国主義」と言って家族主義を批判していた割には、父母の言うことには報いたいという気持ちが強く、辛い介護等を目の当たりにして遺留分制度に納得のいく側面も見出しました。遺留分制度が家産の維持でなく、遺族の保護、即ち遺言者の保護に通じるものであるという理屈です。法制度趣旨をこのように捉えるのは難しいかな・・?私は、学生時代、法律に関する専門授業に関し憲法以外一度も出たことはありません。受験生になって驚いたことは過激な労働法教科書の記載と、その逆の遺留分制度の記述です。
エマニュエルトッドに言わせると、「先験的な差別意識の萌芽」との間で揺れていた当時の思い出話です。
 
3 個人成育史、つまり相続法理が民主主義をも左右するという学説を紹介しましたが、最近はこの民主主義についても定義をきちんとしろとか、戦後民主主義と区分けして論じろとか言われる過渡期の時代のように思われます。しかし、民主主義にバイアスをつける必要はないはずです。人は皆「平等に」という基本概念、そして民法ならば、その相続法理に従って弁護士の業務を行えばいいはずです。それ以上の価値など、どのように民主主義概念をいじろうとも上記理念に敵うはずがありません。
 
三 今回の「纏め」と中小企業経営承継円滑化法
 
  我が日本民法の自由と平等を理念とした相続法理において、遺留分の規定は異色です。支配的学説は「近親者の扶養乃至生活保障」にあるとして近代法の理念に矛盾のない解釈をしております。しかし遺言の自由と言いながら、子供には2分の1もの遺留分があるのは生活保障としては多額でしょう。しかも生活の豊かな者にもこの権利は保障されるのです。そうであるなら、遺留分としては認めないイギリスのように、その都度、生活保障分を認定する制度のほうが余程分かりやすいのですが・・。
  平成20年制定された中小企業経営承継円滑化法は、まさしく遺言と遺留分を論点とし、遺留分を制限するものとして立法されました。

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