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不動産の放棄はできない(その2)

カテゴリ : 
不動産の放棄

 

一 相続放棄や破産事件での放棄と混同するな!
 
1   今回は、前回のコラムと異なり、法律家らしい所見を開陳しますが、読んで少し疲れる方も、我慢して読んでいただきたいコラムであります。実は、本コラムの内容は、本年初頭、新年会で講演する内容の原稿を下敷きにしておりますが、一部上場企業不動産会社の尊敬する社長さんからも絶賛されたものであります。
 
2  ヤフーで「不動産の放棄」と入れて検索すると、殆どと言っていいほど相続放棄に関するコメントが出てきます。
平成251012日現在では、初めの3件でかろうじて「不動産の放棄」として閲覧はできますが、しかし、その他の欄では、相続放棄や破産事件関係での不動産放棄に関する説明ばかりです。6ページ閲覧しても、しかも弁護士記載のページですら、まともな回答は1件しかなく、それも私を満足させるものではありません。でも本年初頭今回と同じように「不動産の放棄」で検索しました際には、直接答えるページは1003件もあればいい程でした。法律上の解釈すらもなく、弁護士の先生の勉強不足を嘆いたものであります。
 
3  結論からいきましょう。
「民法だけでなく、現在の法律では、『不動産の放棄』は予定されていない概念」というのが正確なのです。
エッと驚かれる方もおられると思いますが、前回のコラムで指摘しましたように「不動産の格差社会」という新しい社会現象が出てくる社会になって初めて、このような結論に種々疑問が生じるのです。
 
二  不動産に関する法律の規定
1 民法の規定
 日本は憲法第29条において財産権を保証し、私的財産制度を採用しております。
 私的財産制度を定めている民法からみていきましょう。
 動産は放棄することができます。
 野生の狸を岩穴に追い込み、入口を石で塞げば所有権を取得するという相当古い有
 名な判例もあります。これを「無主物先占の法理」(民法239条)と言いますが、「お札を
 私の前で捨ててください」と願望する人は多いですかね?(比喩が悪いか)。
 では不動産はどうでしょうか?
   民法第177条では、「不動産に関する物件の得喪及び変更」として、不動産登記法
 める登記をしないと第三者に対抗できないとしております。もっとも民法第239条 
2 項では「所有者のない不動産は、国庫に帰属する」と規定しております。
   このような条文があることから、弁護士の先生方に、不動産の放棄はできますかと  
問すると、不動産を放棄したい人は国に不動産を帰属させることにより放棄できる
いう結論が多くの方の回答でした。
  別に意地悪をしているのではありません。整理回収機構不動産部の顧問時代に
は、私もそのように考えて民事局まで聞くようにと若い先生に指示を出しております。
 
2   民事局の回答
  単に聞いてきましたでは都合も悪いでしょうから、多少古くなりますが、昭和418
27日付民事甲第1953号民事局長回答を紹介しましょう。
   昭和41年、ある神社から二点照会がなされました。第一の質問は「神社所有地の
部が崖地のため、崩壊寸前にあって、神社は勿論付近の氏子住家数件も危険状
にあるため、これを防止すべく考慮したのであるが、この工事に要する費用が数千
を見込まねばならず、到底神社においては、これを負担する資力はなく、然しなが
らこのまま放置することは危険である」、したがって「不動産土地所有権を放棄して所
有権を国に帰属せしめたい」。第二の質問は「前項の不動産放棄の登記上の手続き
方法を指示してほしい」という照会です。
   なんと国の回答はにべもなく「所有権の放棄はできない」、故に、登記手続きについ
ては「前項により了知されたい」という乱暴なものであります。
   上記相談事例は、前回のコラムの「放棄したい不動産」とほんとに似ていますね。

 
三 不動産の放棄ができないと所有者責任が続く
 1  所有者・占有者責任とは何か?
所有者責任は民法第717条「土地の工作物等の占有及び所有者の責任」という規定をみるのが早いでしょう。本条は土地の工作物ですから典型的には建物(念を押しておきますが、建物は典型的な不動産です)から考えればいいのです。
ここは丁寧に条文からみましょう。「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害が生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない」とあるのです。
平成16130日付最高裁の判例を紹介しておきましょう。
この判例は、国に対する損害賠償請求を一部認容した控訴審に対して上告された事件ですが、最高裁はこれを棄却しました。宮城県盛土崩壊事件といい、国が管理する道路沿いの私有地斜面に盛り土がされていましたが、豪雨で崩壊する危険性を予知している場合には道路管理者に管理責任があるとして一部損害賠償を認めた判例であります。
上記717条の解釈に対する適当な事例の一つです。
 
2 刑事責任
所有者責任は刑事責任まで発展するのですから、大変な責任なのです。
最高裁が業務上過失致死傷罪の成立を認めた平成51125日付決定であるホテルニュージャパン火災事件は古くて聞いたこともないという方もおありでしょう。
枚挙にいとまがありませんが、記憶に新しいJR福知山線脱線事故を例に、多少詳しく説明しましょう。この事故で107名が亡くなられた当時について思い出していただけるでしょうか。
この事故で、平成2178日、神戸地方検察庁は、当時の社長を業務上過失致死傷罪で在宅起訴をしています。起訴理由は、この事故が起きた地点の線形に注目し、当該区間にATS-Pを設置すれば事故が防ぐことができた趣旨の発言を社長がしていることを理由にしました。社長は危険性を認識していたことが起訴理由になるのです。ATS-Pの設置は条文で見た先ほどの「工作物」になるでしょう。
本コラムでも、神社所有土地の崖崩壊事例を紹介しました。崖の崩壊を認識して照会した神主の方か、その氏子総代になるのか知りませんが、崖が崩壊する可能性があるとして国に照会までしているのですから、照会した人を始め関係者はその危険性を知っていたことになります。
崩壊すれば、その方々は刑事責任を追及される可能性があることになります。恐ろしいことです。
 
  次回は、今回の「不動産を放棄できない」という恐ろしい結論の纏めと「相続放棄の制度」とを比較してみましょう。

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