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書評 その5「群狼の海域」著者濱嘉之(文春文庫)

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書評

1.   濱さんの新しい小説が発刊されるのを、首を長くして待っておりました。最近の「動脈爆破」が出されてから2年間近く経っているのですから、友人として本当に心配しておりました。「コロナにでも感染されたのかな」と考えたりして、「電話しなければ」と、思い始めた頃、4月になれば、新刊が出されると聞き、ほっとしておりました。

2.   今回出版された本は「群狼の海域(警視庁公安部片野坂彰)」と題され、“日本海が戦場になる可能性がある”という現在の世界状況をテーマにしております。中国やロシアが、日本海をどう把握し、考えているのかが直ちに理解できる内容になっております。残念なことは、この小説が、ロシアのウクライナ侵攻の前である今年の2月頃までに書かれたということでしょう。故に、ウクライナの話(ロシアの関心等)は、全く出てきません。しかし、それでも本当に面白いのです。
 今までも、濱さんの本は、世界の状況について深い分析がなされておりました。現在の世界情勢を知るのに最適な小説なのです。ウクライナ侵攻について書かれていなくても、ロシアや中国の在り様が生々しく描かれております。
 これまでの私の書評を読んでいただければお分かりになると思いますが、私は、濱さんが描かれる「病院」の世界を「本当かいな?」と読ませていただいていた頃、何度も入退院を繰り返しており、しみじみ感じ入りました。また「背乗り」と称される地面師の活躍する世界等、随分面白く読ませていただきました。この小説で、地面師と呼ばれる詐欺師が弁護士を騙した題材となる同地域は、私が何度も調査に行った場所でした。その当時の破産事件、且つ、歩き回った目黒川の周辺をありありと思い出しました。
 その他、偶然にも私の関心事と一致する題材が本当に多く、何時も書評を書くのが楽しみでした。

3.   今回の「群狼の海域」でも、面白くて、勉強になる内容が“てんこ盛り”です。
 「群狼の海域」の始まりは、幾つかの市役所等の職員の間で国際結婚が流行しているという事実に対する分析から始まります。結婚相手の多くがロシア人だというのです。これまでの私の経験では、上記のようなデータは本当に事実を基礎にされています(未確認ですが・・)。濱さんは、小説だからと言って“でっち上げ”をしないのです。
 ところで、地方公共団体職員の国際結婚により、我が国(あるいは当該地方)の秘密となるべき情報が相手国に筒抜けになるという危惧感が出てくるのは当然でしょう。ロシアや中国が関心を持つ地域と上記市役所等の地方公共団体との分析の結果から、濱さんの関心も日本海になります。
 この小説のプロローグは、上記分析を後回しにして、能登半島の視察から始まります。視察と言っても、能登の輪島を中心とする「日本の原風景」が鮮やかに描かれているのです。この描写では、能登半島先端にまで行ってみたくなりますね。私は能登半島の入り口である七尾市に行ったことしかありません。法律相談の出張所を作るため随分色々と地方視察をしましたが、能登半島の北端まで行って視察した濱さんが本当にうらやましくなります。
 それだけではないのです。なんと上記分析から、ロシアやロシアマフィア、そして中国の調査のため、中国やロシアをモスクワまで旅するのです。第一の経路は、ロシアのウラジオストクに始まるシベリア鉄道です。世界一に長い鉄道路線なんですよ。しかも日本海に面するウラジオストクは、60万人の人口を抱える港町で、日本史でもよく登場します(行ってみたいですね)。
 第二の調査対象の路線は、中国大連から始まります。原子力潜水艦造船所のある葫芦島市に始まり、北京より内モンゴル自治区経由でモンゴル縦貫鉄道、ウランバートルへ向かい、ロシア連邦ブリヤード共和国ウラン・ウデで、シベリア鉄道に合流するというものです。世界地図を見ながら確認しないと全く分かりません。
 濱さんが、この旅行で実体験をされていたため、今回の新作の登場が遅れたということなら、本当に羨ましい限りです(心配して電話なんかしなくてよかったというのが本音です・・言い過ぎですかね)。
 

4.   濱さんは、ロシアの最大の関心事について、“日本の防衛状況”を知るためにあると書いておられます。でも、本日の日本経済新聞では、自衛隊と米軍の大規模な共同訓練について、「日米、北海道で今秋訓練」、「対ロシア・中国を念頭」と大見出しで報じています(2022424日朝刊5面)。日本の軍備状況など筒抜けですね。でも濱さんの作品のおかげで、このような報道にも関心が出てきました。ウクライナ侵攻などを考えると私の考えが浅いことが明白です。しかも本作の最後の章立てで「日本海海戦」とあり、ロシアや中国の原子力潜水艦との戦いが描かれております。AIを駆使した内容で、水中固定聴音器という地球規模の海洋監視システムが活躍する内容です。先を行き過ぎていて、私には、楽しむというより勉強するという内容でした。
 本書は、最新情報満載ですが、小説としての遊びもあります。
 後半部分になりますが、日本の警視庁公安部3名の調査活動を監視或いは妨害する敵対国集団との戦いが描かれております。その戦い方が奇想天外なのです。相手方に対して毒薬を注射するというもので、活劇でないのが残念でした。
 本当に時期に適した小説です。私にとっては、小説と言っていいのか疑問ですが・・。「教科書」みたいなのです。

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