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遺言書「花押」に関する最高裁判決評論に寄せて

カテゴリ : 
相続事件
1 先月発行(2019年6月1日号)の判例評論に「いわゆる花押を書くことと民法968条1項の押印の要件(最二判平28.6.3)」と題して遺言書に書かれた花押に関する最高裁判決の論評が掲載されておりました。
 最高裁判決まで争われた遺言書作成者は、琉球王国時代の名門の出の方で、花押を署名として使用することについては、日常生活に溶け込んでおられる方でありました。判例評論では、江戸時代、琉球王国が薩摩藩に服属した際の起請文等に書かれた花押も指摘されており、花押の使用について、通常の日常生活に馴染んでいた事実の指摘も十分になされております。
 種々の花押や花押の歴史に関する説明もあり、興味の尽きない判例評論として読ませていただきました。
 しかしながら、花押が、当該遺言者やその親族にとって、何ら特別のものでないのなら、本件に限って認めてもよかったのではないでしょうか。日本に帰化された白系ロシア人の方の遺言書で、当人の署名だけしかなく、押印のない遺言書を有効とされた最高裁判決もあります。確かに、この事案では遺言書自体が英文ではありますものの、遺言者等の周辺環境は似ていると判断できると思います。白系ロシア人の方の遺言書が、有効と認められた判例は、昔から模範六法にも掲載されている判決で有名です(最判昭49.12.24民集28−10−2152)。
 私は、若いころから、「花押」や掛け軸等に書かれた「賛」(掛け軸等に書き添える詩文等を言う)には多大の関心をもってきました。私の故郷にある父母の菩提寺である住職であられた沢庵和尚の種々の記念品を見せてもらっていた折、板に書かれた「はっきりしない絵」の賛は、宮本武蔵が書いたものと説明されて、思わず本当かなと思ってしまった高校生時代の記憶も蘇りました。
 今回のコラムでは、上記判決によって蘇ったお話をしてみましょう。
2 実は、私は、押印の代わりに花押を使用して作成された遺言書の相談を受けたこともあります。
 昭和の終わり頃の相談でした。当時は土地バブルに沸いており、遺言書作成の相談も本当に多かったのです。でもこの遺言書作成者は、まだ元気でいらっしゃいました。私は早速お会いして、「花押がおじい様のお名前のようには、とても読めないのですよ」と申し上げました。実際にも、花押の殆どが署名と違い、その方の名前とは直ちに結びつかないことが多いのです。そこで「実印はお持ちですか」とお聞きしましたら、実に立派な印鑑を見せられました。
 でも、この立派な印鑑を押してもらったのではありません。私は、公正証書遺言の趣旨を説明し、公正証書による遺言書を作成しました(遺言書を作るなら公正証書遺言にしてくださいね。公証人は動けない方のためなら、自宅まで来てくれますよ)。
 実際、民法の条文通りに遺言書を作るのは大変です。いろんな遺言書も見ました。カレンダーの裏に書かれた遺言書もありましたし、そもそも訂正箇所に訂正印が押されていないものもありました。ところで民法の条文上では、「自書と押印」となっておりますが、押印に代わって指印で足りるという最高裁判決もあるのです(最判平1.2.16)。

3 今回の民法改正では、遺言書の関係では期待したほどの改正はなかったと考えております。財産目録だけは自書でなくてもよいとなりましたが、目録の毎葉(ページ)ごとに署名押印しなければなりません。訂正箇所に関係するやり方も従来通りです。
 遺言書の作成は、やはり面倒ですが、私にとっては、ありがたい改正がありました。これまで私は、お預かりした遺言書を保管するため、銀行から貸金庫を借り続けてきたのです。大事な遺言書が火事などを原因として無くなったりしては大変なことになるからです。
 今回、作成された遺言書を法務局に預かってもらうことのできる制度ができました(「法務局における遺言書の保管等に関する法律」といいます。この法律は、来年2020年7月20日に施行されることになりました)。
 「貸金庫」は、上記法務局預かり制度を見て、解約するつもりです。

4 最後に、米澤穂信著「満願」というミステリー小説を紹介したいのです。
 この小説は、島津公からいただいたという達磨大師の絵にかかれた「賛」が鍵になっております。最高裁判決評論にある薩摩藩つながりと、{花押}と{賛}ということで、この小説を思い出したのですね。この小説は、4年ほど前、山本周五郎賞を受賞し、当時の「読んでみたいミステリー」第一位でした。今回、再度読み直してみました。
 新人弁護士が、司法試験受験時代にお世話になった女性の弁護(なんと殺人罪です)をするミステリー小説です。ミステリー小説の多くは弁護士にとって納得できない筋回しや、或いは法律論として飛躍がある作品が多いのです。4年前には、その結末に違和感がなく、むしろ司法試験受験時代の苦しみを彷彿と思い出させるこの小説におおいに感動したものです。でも再度読み直してみたところ、奇想天外な結末に驚きました。殺人を犯した女性が、島津候の掛け軸に書かれた賛を守るために、どのような工夫をしたのかについては、本書の種明かしになってしまいますので、止めておきましょう。
 そもそも、本コラムは、弁護士の先生方が読まれることも多いとして評判をとっております。私も受験時代の苦労は大変でした。司法試験受験時代の、あの苦しかった時代が、ふつふつと思い出されてくる「満願」をお読みください。

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